付録 年表
本書は、本文では年号を前景化せず、「困りごと」で物語を進めてきました。出来事の正確な時期と人物を確かめたい読者のために、本文で触れた事柄を、ここに年表としてまとめます。
注記:本表は執筆時点の下書きであり、刊行前に一次資料で再確認します(各項目の精度確認は別途進行中)。年代は、その考え方や出来事が広く知られるようになった時期を目安に置いています。
1968年ごろ
ダイクストラの goto 論考
プログラムの流れを好き勝手に飛ばす書き方は、読み手を迷わせると強く批判された。構造化された書き方が広まる大きなきっかけになった。関連章は 第7章。
1969年
アポロ 11 号と 1202 アラーム
月着陸の最中に警告が出ても、ソフトは重要な仕事を優先して動き続けた。異常を前提にした設計の強さを示した。関連章は 第4章。
1970年代初頭
UNIX とパイプ
小さな道具をつないで大きな仕事をする、という発想が形になった。「一つのことをうまくやる」が広まった。関連章は 第1章。
1975年
『人月の神話』
ソフトウェア開発は、人を足せば単純に速くなる仕事ではないと整理された。大規模開発の難しさが言葉になった。関連章は 第1章。
1976年
コードインスペクションの形式化
コードを人に見せる営みが、個人の善意ではなく、手順を持つ実務の技法として整理された。関連章は 第5章。
1980年ごろ
ストールマンとプリンタの逸話
毎日使う道具の中身を読めず、直せず、配れないことへの怒りが、後の自由ソフトウェア運動の出発点になった。関連章は 第6章。
1982年
第五世代コンピュータプロジェクト開始
論理と高度な推論でソフトの難しさを飛び越えられるのではないか、という大きな期待に国家規模の資金が投じられた。関連章は 第1章。
1983年
GNU プロジェクト発表
誰でも使え、読み、直し、配れるソフトウェアを作るという旗が、はっきり言葉として掲げられた。関連章は 第6章。
1984年
クヌース「文芸的プログラミング」
コードを機械向けの命令列だけでなく、人に読まれる文章として捉える見方が、強い言葉で提示された。関連章は 第2章。
1985年
GNU 宣言/FSF 設立/SICP 初版
自由ソフトウェアの理念を支える組織ができ、同じ年に「プログラムは人が読むものだ」という感覚を育てる名著も登場した。関連章は 第6章 と 第2章。
1986年
「銀の弾丸はない」
ソフトウェアの本質的な複雑さは、魔法の道具ひとつで消せないと、はっきり言われた。関連章は 第1章。
1989年〜1991年
World Wide Web の考案
HTML、HTTP、ブラウザという単純な仕組みで、誰でも公開された文書をたどれる土台が作られた。関連章は 第9章。
1991年
Linux 公開/CORBA 1.0
一方では公開された OS カーネルが育ちはじめ、他方では重厚な分散標準が整えられた。軽さと重さの分かれ道が見えはじめる。関連章は 第6章 と 第9章。
1992年
「技術的負債」のたとえ
後で直せばいいと先送りした設計の粗さは、借金のように利子をつけて返ってくる、という見方が広まった。関連章は 第3章。
1995年
Ruby/JavaScript/WikiWikiWeb
言語の価値観、Web の動き、共同編集の文化が、同じ時期にそれぞれ別方向から立ち上がった。関連章は 第8章、第9章、第5章。
1996年
アリアン 5 打ち上げ失敗
前の機体で動いていたコードを再利用しても、文脈が変われば安全とは限らないことが、大きな事故として現れた。関連章は 第4章。
1997年
UML 標準化
図で設計を整理し共有するための共通記法が整えられた。設計を先に固めきろうとする時代の象徴にもなった。関連章は 第3章。
1998年
「オープンソース」という呼称
自由ソフトウェアの実利面を強調する呼び方が広まり、企業や実務の文脈で受け入れられやすくなった。関連章は 第6章。
1999年
『リファクタリング』/『XP』
コードを少しずつ整える技法と、変化を前提にした開発スタイルが、広く参照される形でまとまった。関連章は 第3章。
2000年
REST 論文
重い手続きより、Web の軽い約束ごとを生かしたやりとりの考え方が整理された。関連章は 第9章。
2001年
アジャイル宣言/Wikipedia
変化に対応する開発の価値観が短い宣言として示され、同じ年に「皆で直し続ける」百科事典も育ちはじめた。関連章は 第3章 と 第6章。
2004年
Ruby on Rails
Web アプリケーションを少ない手間で形にしやすい土台が整い、Web で作ることの敷居がさらに下がった。関連章は 第9章。
2005年
Git
離れた場所で行われる大量の変更を安全にまとめる道具が作られ、公開開発の規模が一段大きくなった。関連章は 第6章。
2008年
GitHub とプルリクエスト
コードを提案として見せ、議論してから取り込む流れが、誰でも使える日常の作法として広まった。関連章は 第5章。
年表に並べると、一直線の進歩に見えるかもしれません。けれど本文で見たとおり、実際は、各時代の人々が、それぞれの不自由の中で本気で間違え、議論し、少しずつ「当たり前」を作り直してきた積み重ねです。